今回は、自律神経と心の働きについて2回にわたって書いていきたいと思います。
最近、自律神経についての新しい発見があり、注目を集めています。なぜなら、その新しい発見によって、トラウマ、鬱、発達障害、不安障害などの様々な症状や状態について、自律神経の働きとの関連で、容易に説明がつくようになったからです。これは、私たちがどうして苦しむのかの謎を解き明かし、そして、そこからどう回復していくのか、何をすればよいのかの道筋も与えてくれるのです。
第1回目の今回は、まず、「自律神経」の新しい発見について見ていきましょう。
身体に働きかけるボトムアップのアプローチという潮流と新しい発見
「心と身体はつながっている」とよく言われますが、特に、昨今の心理学や心理療法の世界では、身体に働きかけるアプローチが、これまでの認知や思考に働きかける頭へのアプローチに代わって、「第4の波」とも言われたりしています。
これまでの認知や思考に働きかける頭へのアプローチが「トップダウン」のアプローチだとすれば、身体に働きかけるそれは「ボトム」からのアプローチだと言えます。
例えば「自分はもう大丈夫」といった新しい思いや解釈を持てるのは、不安感や落ち着かない感覚などが解消されて、新しい思いや解釈とマッチした身体の感覚や感情が伴うときです。そして、これまでの記事でも書いてきたとおり、感情や思いを解消したり、動かすには、それらを感じている身体への働きかけが必要でした。
また、私たちは、潜在意識にある普段気づいていない思い(ビリーフや思い込み)や感情に支配されていますので(それらを生きているので)、新しい思いや解釈を持てるようになるには、できるだけ意識の深い層にある思いや感情にアプローチをして、変容を起こした方がよいのでした。その際にも働きかけるのに必要なのは、身体をよく感じるということでした。
このように、自己の変容には身体に働きかけるアプローチが有効であり、「頭で納得しよう」といった形ではない、自然で、深い変容を可能にさせるという点において、ボトムアップのアプローチが注目されているということなのでしょう。
こうした潮流の中にあって、今回の自律神経についての発見は、心身の健やかさをどう保つのかについて、身体の機能という切り口からも裏づけたという意味でも「新しい」発見だと言えるのです。
自律神経についての新しい発見
それではまず自律神経の新しい発見から見ていきましょう。
これまで自律神経には、活動や緊張のモードと関係がある交感神経とリラックスやくつろぎと関係がある副交感神経があって、それらが互いに調整をしながら働いていると考えられてきました。
しかし最近、副交感神経には2つの真逆な働きがあると提唱する「ポリヴェーガル理論」が登場しました。
それによると、副交感神経は、その80%を迷走神経が占め、あらゆる臓器に広がっているそうなのですが(※下記図を参照)、この理論の名前にあるように副交感神経の多くの部分を占める迷走神経は多重(「Poly」)であり、「背側迷走神経」と「腹側迷走神経」に分けられる、というのです。
※元々、迷走神経は、この図にあるように、脳幹から出て、頭部(顔)、首、喉、胸、お腹まで広く分布している(迷走している)ので、このような名前がついているそうです。
つまり、自律神経系は、
交感神経系―背側迷走神経(複合体)―腹側迷走神経(複合体)という3つからなり、
それぞれが補完しあいながら、環境に適用できるよう作用しているのだそうです。
ひとつずつ順を追って見ていきましょう。
背側迷走神経は、延髄の背中側から出て、主に横隔膜から下の器官に到達します。
背側迷走神経複合体は、背側迷走神経と、求心性迷走神経(内臓から延髄内の孤束核に入ってくる神経ネットワーク)から形成されており、背側迷走神経は、危険に遭遇にしてどうすることもできないときに働き、私たちはフリーズします。「フリーズ」というと一見ネガティブに聞こえるかもしれませんが、フリーズすることにより生命を守ることができるので、大切な働きでもあるのです。
一方、腹側迷走神経は、延髄のお腹側を起点として、横隔膜より上にある器官(心臓、肺、喉)に到達します。
そしてこの腹側迷走神経は、顔面神経や三叉神経、舌咽神経、聴神経などと連動して「腹側迷走神経複合体」を形成しているのですが、これによって、豊かな表情をつくったり、声のトーンを変えたり、人の目を見たり、人の話を聴いたりしながら円滑な社会的交流を図ることができるのです。
また、この理論では、それぞれの神経系を進化の過程からも説明をしています。
一番古いのが「背側迷走神経系」で脊椎動物の始めから存在し、
2番目が「交感神経系」なのですがこれは魚たちの誕生とともに登場し、
一番新しい「腹側迷走神経系」は哺乳類以降の動物が獲得した神経系だそうです。
哺乳類は、相手の声のトーンや、表情を見たりしながら関係性を構築していきますが、これを可能にするのが、この腹側迷走神経であることから、この神経系は「社会神経系」とも呼ばれています。
3つの神経系の働きは?
腹側迷走神経は、「社会神経系」と言われるように、人や環境に対して安全と感じられる環境で、「社会的な交流、関わりをもった休息や緩み」の時に働きます。例えば、家族や親しい仲間と会話をしたり、楽しい時間を共有している時などにこの神経系が作動しています。
また、腹側迷走神経は、生れてから18カ月は存在しないため、その期間は、親や家族などの養育者からのケアを十分に受けていると感じられているかどうかが、この神経系を発達に大いに影響があるとされています。
一方、安全な環境から一転して「脅威だ」と感じられた場合、「闘うか、逃げるか」のモードに切り替わりますが、その際に作動しているのが、交感神経系です。腹側迷走神経から、交感神経が優位になり、緊張が起こります。動悸が早くなったり、血圧が上昇したりなどは、この作用によるものです。脅威ある環境の中で、文字通り、闘うのか、逃げるのかという「能動的な」防衛をするために使われる神経系と言ってもよいかと思います。
さらに危険な状況の中で、闘うことも逃げることもできない「生命の危機」となった場合、背側迷走神経が交感神経に代わって優位となり、私たちは、「フリーズ」します(凍りつき)。「生命の維持」という「受動的な」防衛反応に切り替わるので、「社会的な交流や関わりをもたない休息(人との関わりを避け、閉じこもる)」となります。いわゆる鬱や引きこもりといった状態の時はこの神経系が支配的に働いている時と言えるでしょう。
このように、3つの神経系は、「安全な状況、環境」、「脅威のある状況、環境」、「生命を脅かされる状況、環境」を感知、検出して(ポリヴェーガル理論では、「ニューロセプション」が選択しているという言い方をします)作動しており、安全→危険→生命の危機に応じて、上記の順番(腹側→交感→背側)のように階層的に出現します。
「階層的に出現する」と書きましたが、例えば、腹側迷走神経から交感神経への移行は以下のように出現します。腹側迷走神経は交感神経の急激な高まりを抑えるブレーキの役目も持っているので、「本当に危険だ」とわかるまでは、交感神経を抑制し、危険とわかった時点で初めて、このブレーキを緩めて、交感神経を作動させるという働きをします。私たちは、日ごろ、安全な環境だと判断される場合、安心して人と関わったり、活動をしたりしていますが、これは、腹側迷走神経複合体が作動した「社会交流のシステム」と、ちゃんとブレーキがかかった状態の交感神経系が上手くバランスがとれた状態で作用しているからなのですね。
このことを心と身体の苦しみという観点からとらえるならば、
安全な状況、環境で作用する腹側迷走神経優位の状態から、
・危険な状態で作用する下層の交感神経、背側迷走神経系優位の状態への移行が急激なほど
・また、腹側迷走神経優位の状態から遠ざかれば遠ざかるほど~つまり、交感神経系の「闘うか逃げるか」の防衛システムが優位になったままの状態や、背側迷走神経複合体の「凍りつき」の防衛システムが支配する状態から戻ってこれないほど~
心身の苦しみは深まるということです。
このように、私たちの心と身体の健康を維持するためには、3つの神経系が上手く制御したり、拮抗しあったりしてバランスよく機能していることが重要であるということです。特に、闘うか逃げるかの交感神経系優位の状態やフリーズ(凍りつき)の背側神経系モードから戻ってくるうえでも、社会神経系(腹側迷走神経)がうまく働いていることが大切であり、さらに、その社会神経系がきちんと働くかどうかは、状況や環境が安全であると判断されているかどうかにかかっている、ということもわかるかと思います。
ここまで、自律神経の新しい発見についてと、心身の健康にとって、腹側迷走神経がきちんと機能していること、その鍵は安全と思える状況や環境が必要であることを3つの神経系の出現の仕方から解説してきました。
次回は、さらに、腹側迷走神経を機能させたり、整えていくことと安全な環境とはどういうことなのかを、心との関係から見ていきたいと思います。
参考文献:
『「ポリヴェーガル理論」を読む からだ・こころ・社会』津田真人著(星和書店)