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葛藤に疲れ諦めきった私の声を聴いたとき

2017年3月30日
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私たちには、「全てがある」、つまりいろんな自分がいていいということです。

ですが、何かの心の傷や、社会でうまくやっていくために、自分のある部分をないことにした方がいいんだ!、と、抑圧してしまうと、それは心のしくみ上(インテグレイテッド心理学でも解説していますね!)、実は私たちを苦しめ始めます。

下記は、クライアントさんからのセッションの感想なんですが、クライアントさんの中にいる登場人物の名前を借りて書くとすると、

悟空のような本能的な振る舞いをする人にイラッとしたり、反対に羨ましく思ったり、、、

三蔵のように理性的に諭したり、形優先の人に対して怒りを覚えたり、、、

このような苦しみ(悩み)から抜け出すには、「抑圧した理由は何?」と、明らかにしていく必要があるでしょう。

ですがその時に、ドカドカと「理由を言いなさい!」と踏み込んでいくのではなく、
共感や好奇心をもちながらその理由を聴きにいく、という態度の方がいいですよね。

そう、自分の中での「対話」ですね。

今回のクライアントさんは、楽になりたいけど、いざ本格的に癒しを進めていこう、自分の中を見て行こうとすると三蔵さんの抵抗にガツンと遭い、

一方で、悟空さんは、疲れきっていて諦めモード

今回のセッションは、諦めきっている悟空さんの声を聴いていく、という流れで進みました。

「自分の中に全てがある」、それは、私という多面体(声)の存在に気付くこと(抑圧してたってことにも気づいてないですからね、普段(*´з`))、

そしてそのあらゆる声と対話をしていくこと、

それそのものが受容であるからこそ、統合がされてくる(全て感~♡が頭でなく、体感をもってやってくる)

ということ

このセッションの後、クライアントさんもちゃんと感じていらして、今度は三蔵さんとの対話が待っているんです♪ うふふふ 楽しみです(*^^*)

前置きが長くなりましたが、どうぞ♪

☘今回セッションを受けようと思ったのはなぜですか?(テーマは何でしたか?)

 

私の中には常々、2人の人物「悟空」と「三蔵」がいて、この2人の思いがいつも葛藤しているような状況でした。

 

三蔵は、幼稚でやんちゃで本能的な悟空が出たがるのを許さない。三蔵は、自分なりに身につけた理性や知性や美学のような形で(それはこの形があれば、社会で上手く立ち振る舞えると思っていたからです)、上手に悟空を諭すので、私の体の中で両者がせめぎ合っている感じでした。

 

このふたつの思いがいつも葛藤していると、生きていくのがややこしくて大変で、
さらに、このような葛藤を持っていたり、生きづらさを感じている自分に、いつもいつもダメだしをしていました。

 

そして、この葛藤やダメ出しにくたびれた私は(悟空は)、

次の戦略をとりました。

それは、「寂しさや哀しさを感じてもそれは、仕方のないこと」と諦めることです。

諦めたなら、たとえ孤独を感じようとも、三蔵との葛藤を生まない分、自分責めもしなくてよいし、「形」で対応した相手への罪悪感も感じなくてすむ。

 

そんな戦略をとりながら、「表面上は何も感じていないから大丈夫」と自分でも思っていました。

しかしながら、インテグレイテッド心理学で心のしくみを学んだり、セッションを受けていく中で、改めて上記のような戦略を取っていることに気付き、そして、いつも感じる緊張感があることや、この戦略があることで、癒しや自分の中を見ていくという時に、避けたくなる感じや抵抗感がでてきていることにも気づくようになってきました。そして、今の自分が実は本当はとても苦しがっている…ということにも。

 

ということで、今回のセッションは、葛藤に諦め、でも実際には私に緊張感を生じさせたり、苦しみを生んでいる、悟空の声を聴いていくセッションで進めていただきました。

 

 

☘今回のセッションはどんな風に進みましたか?感じたこと、気づいたこと、理解できたことなど、ありましたか?

 

悟空の、葛藤に諦め、本能的な自分を出さないようにしている感じを感じていると、

誰もいない草原に、一人ぼっちなのに平気そうにして、何も感じていないかのように佇む5.6歳くらいの後ろ姿の女の子のイメージがでてきました。

その子のもつ感覚や思いは、寂しいのにひとりでもいいという何だかあきらめている感じ。(このイメージは随分以前から自分の中にあることに気づいてはいたけれど放置していました)

 

イメージの草原にひとりの世界は、自分を外に出さないですむところ…そこは、誰にも気を遣わなくていいから疲れない、だけど孤独で寂しい場所。身体は正直に反応していて、決して寛いではいない…。

 

寂しさや孤独な感じ、寛いでいない感じをよーく、よーく感じていくうちに、

一方で、このイメージでいることの意義や役割を感じました。

それは、「そうしていれば、何も感じなくてすむ」。

自分の中にある幼稚で強過ぎると思っているエネルギーが出てしまって、社会の中で上手く生きていけないという恐れを感じなくてすむ。

 

セッションでは、その恐れや思いもなんの批判もなく受け容れていきます。そうして受け容れていくうちに、「幼稚な部分を隠さなければ!」、「ないことにする必要がある!」という思いの重さが変化していくことを感じました。

 

「こんなにこの草原に一人でいるという世界(観)は、何も感じなくてすむと思って、私を守っていてくれたのか」と気づいたり、理解が生まれたりしながらも、次に、とても寂しい気持ちがわいてきます…なぜならそこは、いつしか無意識に馴染み深い逃げ場になっていたから。

でもその感じも、「あっていい、隠さなくていい、分かったよ、何も間違ってないよ…」とRFTですべてをただただ受容していきました…哀しみ、変わること、移ろうということ、それ自体の寂しさ、人生とはそんなものだ、儚いものだという思い、ずっと同じじゃなく、流れていってしまうという思い…

 

普段は、私の中に三蔵がいるので、セッションであまり涙がでるということがないのですが、いつしか自然と涙が流れ落ちていました…

 

そして、ただただ感情や思いを受け止め、眺めていくと、それが次第に、単にエネルギーとして流れていく感じに変わり始め、それらが自然と薄まっていく…という経験をしました。

 

気づくと、息が楽に吸えるようにもなっていました

 

☘セッション後に何か変化はありますか?

 

終わってみたら、強く思い込んでいたことが何だったのか?言葉の重みが軽くなったり曖昧になって、すぐには思い出せない、なんだかぼんやりした感じでした。

私の中の、悟空と三蔵についても「対峙」していた関係から、その関係性もぼんやりして薄まっている気がします。

どちらかがどちらかに対して力をかけていない状態、、、統合感というのでしょうか?

 

これまで意識上では、内面に向き合う意欲は満々なのに、心の深い部分には、諦めきった自分ひとりでいようとするセルフイメージがいた。だから結果的に癒しについても強い抵抗感が生まれていたということにも改めて気づけました。

 

さらに、その抵抗感を生み出したものに対して、それは、本当は、私を守ってくれていたものだった・・・このことを感じたり、わかることで、「抵抗していたこと」についても、抵抗することがいい、とか悪いとかといった見方でもなく、

また、馴染み深い場所を手放すことへの寂しさや移ろうことへのはかなさにも共感でき、

なおさら、私の中の悟空全体まるごとに理解を示すことができ、それによって受容感が深まったと思います。

受容というのは、いくつもの層にある思いや感情などを本当に一つ一つ丁寧に聞いていくことで、起きるものなのだなと改めて実感しました。

 

寛子さんのOAD(オープン・アウェアネ・ダイアローグ)のセッションでは、

何気に、話や悩みを聞いてもらってる感じなのですが、問いかけなどで、どんどん整理され、時に鋭くポイントを突いてもらうことで、見過ごしている思いや感情、感覚が浮き彫りにされ、それだけでも随分思い込みに気付けたりします。

 

さらに、ただただ寄り添って受容していくということをサポートしてもらえるので(本当にじっくりと待ってくださいますし、ホールドされているので、自分の感覚や感情に純粋に向き合えます)、自然にイメージや思考や感情がエネルギーとしてゆっくりと変容していく感じです。

 

このセッションを終えて、これからが、やっと本来の自分自身に寄り添えるんだろうなぁと思っています。

今後ともどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

 

Sさん(女性)

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